自分のこと信じるなんてのは、罵られ、知らんぷりされ、踏んづけられるような思いをし、それでもバカみたいに、勘違いでもいいから本当の自分とやらを見つけるために彷徨った挙げ句、その遥か先にほんの少し、うすぼんやりと見えてくるようなものじゃない。

(Source: crippledefforts)

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双六の上手といひし人に、その手立を問ひ侍りしかば、

「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし」と言ふ。

道を知れる教、身を治め、国を保たん道も、またしかなり。

  • 「行動」せずして「経験」することはない。
  • 「経験」なくして「感情」は動かない。
  • 「感情」なくして「情熱」は生まれない。
  • 「情熱」なくして「継続的に何かを続けるモチベーション」は生まれない。
  • 「継続的に何かを続けるモチベーション」なくして、難しいことを実現することは難しい。
ということだ。

重要なポイントは、行動こそが、全ての出発点だということだ。後先考えずにいろんな行動をする人は、いろんなところで感情が動く経験をつんでいるため、いろんなことに情熱を持つことができる。裏を返せば、そもそも人間というのは、何も経験していないデフォルト(初期状態)では、モチベーションなんて、何に対してもぜんっぜん無いと思う。例えば、ゲームを一度もやったことも見たこともない子供が、プレステを買ったとしても、ロールプレイングゲームがやりたいのか、シューティングゲームがやりたいのかなんて、わからないだろう。同じように、一度も仕事をしたことがない学生が、医者になりたいのか、エンジニアになりたいのかなんて、わからないだろう。まして仕事をしたことがない学生が「やりたい仕事がわからない」なんてのは、僕には当たり前に思える。
(Reblogged from motomocomo)
  1. 汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうことも よく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよ く見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。
  2. 村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあっ たら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへか ならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。
  3. 金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。
  4. 時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。
  5. 金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。
  6. 私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない、すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。
  7. ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。
  8. これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならない。
  9. 自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。
  10. 人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大切なものがあるはずだ。あせることはない。自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ。
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「今日、幼稚園で何があった?」という質問が息子に嫌がられていた理由

長男(幼稚園年中)と話していた際、ふと気付いたこと。よく考えてみればごく当然のことだったのだが、今まではっきりと認識出来ていなかったので、ちょっと書きとめておきたくなった。


子供たちや奥様と一緒に、風呂に入った時の話である。

我が家の風呂は、比較的早風呂である。とはいえ、風呂に入りながらも色々と話す。


息子さんとばしゃばしゃお湯をいじりながら、私はなんとはなしに、「今日、幼稚園で何があったー?」と聞いた。この時、彼は「もう、そんなにいろいろ聞かないでよー」という嫌がり方をしたのである。


ん、色々


私が聞いたのは、「幼稚園でどんなことが起きたか」という一点だけであり、別に「色々な質問」をした訳ではない。そして、この質問をする前にしていた話は、お風呂で遊ぶおもちゃについての話であり、特段何か質問をした訳でもない。


実は、この質問に対して息子さんが難色を示すのは、初めてのことではない。いつもは「えー、わかんないよー」とか「覚えてないよー」といった難色の示し方をする為、私が話の方向性を変えて、息子さんと先生や友達の間で起きたことの話を聞くのが定型パターンだ。

この展開について深く考えていなかった私は、彼が単純に「幼稚園の話」をするのがイヤなのかなーなどと思っていたのだが、ふと奥様が横から口を挟んだ一言で謎が解けた。

奥様はこういった。


「開かれた質問だから答えにくいんじゃない?」


臨床心理士であり、元スクールカウンセラーである奥様は、するっと心理学用語を使うことがある。開かれた質問というのは、話者に自由な応答を促す、具体的な方向性が定められていない質問、のことである筈だ。


この時ようやく、息子さんが「いろいろ聞かないでよ」と言った意味が分かった。


彼の頭の中では、「幼稚園で起きたこと」というのは、「色々」としか形容しようがない、非常に雑然とした状態で蓄積されている。それは、友達と遊んだ記憶であり、先生のお話を聞いた記憶であり、歌を歌った記憶であり、お弁当を食べた記憶だ。

「幼稚園で起きたこと」というのはそれら全てを包括した言葉であり、一言で「幼稚園で起きたこと」と聞かれても、彼にとっては「色々起きたこと」について一遍に聞かれているようにしか受け取ることが出来ない、ということだったのだ。いや、多分、だが。


大人は、例えば「今日会社であったこと」という漠然としたテーマについて、自分で適当に一つを抽出して、適当に四捨五入した内容を話すことが出来る。それは、相手が求めているのが単なるイメージ的な総括であり、「会社であった全て」について聞きたい訳ではない、ということが分かっているからだ。

しかし、子供はその前提を承知していない。「幼稚園であったこと」というのは、基本的には、幼稚園で起きた全て、を指す。その為、「色々あった」ということをどう説明していいか分からず、途方に暮れてしまっていた、というのが彼の難色の正体だったのではないか、と私は思ったのである。


そこで私が、質問を「幼稚園で、休み時間になった時どんな遊びをしたか」に変えると、息子さんは喜んで、幼稚園で今流行っている「どろけい」について話し出してくれた。曰く、遊ぶ人数は場合によって違う。先生がどろぼうの基地を地面に書いてくれる。先生が一緒に混じることもある。今日は警察で何人捕まえた。とても楽しかった。



質問を具体的な方向に変えること自体はいつものことだが、今までその理由は「なんとなく」だった。ただ、私は今まで重大な勘違いをしており、彼は決して「幼稚園について話すのがイヤ」だった訳ではなかったのである。具体的に、こちらが何を知りたいのか提示してあげれば、彼にはそれに応じて伝えたいことが溢れる程あったのである。

これを今までしっかり認識していなかったことについては、反省することしきりである。



「質問をする時は具体的に」というのは、インタビューやコミュニケーションの基礎のキの一つである。そして、それは決して大人同士だけの話ではなく、子供にも、あるいは子供にこそ、大人以上にポイントを明確にした質問をする必要がある、ということを、私は今日学んだ。

もちろん、時には「開かれた質問」が有用な場合もあるだろうし、それが子供の表現力の形成に必要な場面もあるだろうが、「今自分が具体的な質問をしていない」という自覚なしに開かれた質問をするのは、それは単なる大人側の錯誤だ。


上記のような展開を受けて、私は当面「幼稚園で何があった?」とは聞かないことにした。同じく、彼が小学校にいってからも、「今日学校で何があった?」とはなるべく聞かないようにしよう、と思う。


自分がどんなテーマについて聞きたいのか、ちゃんと考えよう。で、そのテーマから、息子さんが言いたいことをどんどん引っ張り出そう。大人の側だけが、毎度「今日あったこと」という漠然としたテーマを子供に押し付けて楽をするのはやめよう。

(Reblogged from fujicco2)
「あきらめ」ということほど言い易くして行い難いことはない。それは自棄ではない、盲従ではない、事物の情理を尽くして後に初めて許される「魂のおちつき」である。(種田山頭火『山頭火随筆集』)
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